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脱炭素推進で、誰もが気軽にコーヒーを愉しめる未来を|UCCグループインタビュー
目次
UCCグループといえば、年間約40万トン、500億杯が消費される日本国内のレギュラーコーヒー市場のトップ企業であり、業務用・家庭用・工業用の各セグメント市場においてNo.1シェアを堅持している、歴史あるコーヒー専業メーカーです。
しかしながらいま、気候変動が原因でコーヒーの生産量が激減する可能性があるとされる「コーヒーの2050年問題」に、コーヒー業界は大きく揺れています。危機感を募らせるUCCグループは、2020年にサステナビリティ推進室を設立し、「2040年までにカーボンニュートラル達成」など野心的な目標を盛り込んだサステナビリティ指針を発表。現在は日本に5人、欧州に2人の専業者を従事させ、GHG排出量の削減に向けた具体策の一つとして水素を熱源としたコーヒー焙煎機の開発を成功させるなど、様々な取り組みを進めています。指針の策定プロセスで、UCCはどのような課題に直面し、それをどう乗り越えていったのでしょうか。同社サステナビリティ推進室のメンバーに話をうかがいました。
UCCグループが定めたサステナビリティ指針
── 最初に、コーヒー産業が直面している「2050年問題」について簡単に教えてください。
UCCジャパン株式会社 サステナビリティ推進室 室長 中村知弘(以下、UCC中村):世界的な市場の拡大により、コーヒーの消費量と生産量は順調に伸び続けているのですが、長期的に見ると、コーヒー産業は大きなリスクを抱えています。農作物であるコーヒーは気候変動の影響を受けやすく、このままのペースで地球温暖化が進めば、国際調査機関のWCR(ワールドコーヒーリサーチ)が科学的データをもとに、2050年にはアラビカ種コーヒー豆の栽培適地が半減すると警告しています。もしそうなればいずれコーヒーの供給量は激減し、今のように手ごろな価格で美味しいコーヒーを愉しむことができなくなるかもしれません。それが「コーヒーの2050年問題」と呼ばれている問題です。
── 貴社は2022年に「UCCサステナビリティ指針」を制定されました。コーヒー専業メーカーとして「2050年問題」を放置するわけにはいかないという危機感や使命感がきっかけとなったのでしょうか。
UCC中村:コーヒーとサステナビリティに密接な関係があることは以前から認識しており、当社では、CSR活動の一環としてサステナビリティを目指したさまざまな取り組みを行なってきました。ただその取り組みは包括的な戦略やフレームワークに基づいておらず、課題に対して個別対応している状態でした。
そうした過去の経験と現状を踏まえ、国内外のステークホルダーとの対話を通じてサステナビリティの方針と方向性を明確にすることが必要と考えました。そして、GHG排出量をはじめとした定量的な課題を把握し、ステークホルダーの期待を理解することで、UCCグループにおけるサステナビリティ領域を具体的に定義し、リソースの配分と具体的な目標の設定に取り組んだという経緯になります。
その結果、弊社では主に2つの領域でサステナビリティに取り組むことを決めました。1つ目は脱炭素化で、2040年までにカーボンニュートラルを達成することを目指しています。
もう一つ掲げたのは、2030年までに自社ブランドのコーヒーを100%サステナブルな調達にする目標です。コーヒー農家は小規模農家が多く、産地は発展途上国が目立ちます。貧しいコーヒー農家にとって、生産したコーヒー豆の価格は相場の変動も激しいため、体力のない農家が収益減に苦しみ離農するケースも珍しくありません。
生産の持続性を担保するには小規模農家に対するサポートが必須と考え、弊社のブランド商品においては、環境への配慮と人権尊重の観点から一定のプレミアムを支払い、農家の生計向上による持続可能な経営を支援する方針を採用しました。その他では、ネイチャーポジティブに繋がるアクションを通じて、生態系の保全や水資源の保全などにも取り組んでいくことを決めています。
UCCグループがかかげるサステナビリティビジョンとフレームワーク。
脱炭素実現に向けて「2040年までにカーボンニュートラル&ネイチャーポジティブアプローチ」、
「2030年までに自社ブランドを100%サステナビリティなコーヒー調達に」の2軸で取り組んでいます。
── 貴社のプレスリリースを拝見すると、指針を決定するにあたり、マテリアリティ(重要課題)について全執行役員参加のワークショップ等を通じて議論を深めた、とあります。
UCC中村:はい、その議論の中でまず各取り組みの優先度をXY座標で示す「マテリアリティ・マトリックス」の素案を経営陣に提示しました。そして、執行役員を2つのグループに分け、例えば、「気候変動は重要だから右上に置くべき」「コンプライアンスは重要だけど、ステークホルダーにとっては当然だから、これは右下に配置しよう」といった意見を出してもらい、両グループで得られた結果をさらに協議しました。その後、優先度の高いものと低いものに分類し、優先すべき項目について経営層に諮りながら、最終決定をいたしました。
その成果が「コーヒーの力で、世界にポジティブな変化を」という弊社のサステナビリティビジョンを含むサステナビリティ指針に集約されています。ビジョン実現に向けて「自然を豊かにする手助けを」と「人々を豊かにする手助けを」の二大領域を定め、「2040年までにカーボンニュートラルの実現」などの目標を掲げました。また中間目標として、2030年までに自社で削減できる「Scope 1」「Scope 2」のGHG排出量を2019年比で46%削減することを目指しています。
UCCグループにとっての重要度をもとに、マテリアリティ(最重要課題)をマッピングしたマテリアリティ・マトリックス。
気候変動に関するマテリアリティはステークホルダー、UCCグループ双方にとって重要度の高い位置付けに。
GHG排出量を測ることの難しさ
── 脱炭素経営を実践するためには、GHG排出量を具体的に測定する必要があります。自社およびサプライチェーンのGHG排出量を把握するにあたって、貴社は何から着手したのでしょうか。
UCC中村:弊社はコーヒービジネスの川上から川下に至るすべての工程に関わっていますから、全工程において、どこでGHGが発生するか鵜の目、鷹の目で見ていく必要があると考えました。川上で言えば、まずコーヒーの木を育てて豆を収穫するという工程から始まります。このプロセスにおいて、肥料や土壌の中和剤としての石灰の使用が主なGHGの排出源となっています。
さらに、生産されたコーヒー豆はトラック等で運ばれて一箇所に集められた後、船で輸送され、例えばブラジルから日本に運ばれてきます。当然ですが、陸上配送・海上輸送のプロセスで一定のGHGが発生する一方で、脱炭素の可能性が生まれる部分でもあります。
日本に到着した後は、自社工場で焙煎されます。この段階では電力や天然ガスを使用しており、後でお話させていただきますが、それを減らしていく取り組みが必要になります。ここまでが川上に該当する部分になります。
川下の工程では、焙煎後のコーヒーがトラックで各店舗に運ばれていくのですが、この流通段階はもちろんのこと、意外に思われるかもしれませんが、ご家庭やお店でもコーヒーを淹れる際に電気ポットやガスを使ってお湯を沸かす必要があるため、GHGが排出されています。だからといって、個々のご家庭に対して「ガスを使わず再エネ利用の電気ポットでお湯を沸かしてください!」とは強制できないため、ここは削減しにくい領域です。企業としてこうした部分に対する影響を及ぼすことが難しい一方で、バリューチェーンを通してこれらの段階でGHGが発生していることも考慮しています。
── 木に豆が実っている段階から、消費者が自宅などでお湯を沸かす段階まで脱炭素を意識する必要があるということですね。一連の工程の中で、GHG排出量の算出において苦労したことや、課題をどのように克服したのかをお聞かせください。
UCC中村:最初は大まかな計算で「何万t」という排出量を算出しましたが、ざっくりとした数字からGHG排出量削減の個別具体の対策を見つけることは簡単ではありません。そこで外部コンサルタントの協力を仰ぎ、排出量データの収集プロセスの改善に取り組みました。コンサルタントからは、自社の直接的なGHG排出を示す「Scope 1」「Scope 2」だけでなく、間接的なGHG排出である「Scope 3」も測ることが重要で、グローバルに事業を展開する弊社は世界中のバリューチェーンでの数字を収集する必要があるという指摘を受けました。とはいえ、国内外の関連企業にデータの提出を依頼しても、そもそもデータを集計していないケースも珍しくなく、集計は難航しました。
外部コンサルタントからの「取引先の事業会社からGHG排出量のデータを取れる仕組みを構築する必要がある」「算出できなければ将来的なGHG排出量の削減には繋がらないから、できるだけ可視化するように」といったアドバイスに基づき、関連事業会社にGHG排出量の抽出をお願いして、ロジックをもとに算出をお願いする必要が生じ、その部分で苦労がありましたね。
UCCジャパン株式会社 サステナビリティ推進室 室長 中村知弘さん
── そのロジックについて、具体的に教えていただけますか?
UCC中村:GHG排出量は、請求伝票記載の電力やガスの使用量からデータを収集して算定できますよね。物流の工程を例にお話しすると、輸送ルートを正確にトラッキングしている会社とそうでない会社が存在しています。トラッキングしていない会社の場合、起点となる場所からコーヒー豆を運んでいる範囲を策定し、当該範囲で1日にどれくらい輸送のために動いているのかをまずは想定して、おおよそのデータを算出する、というアプローチから始めていただきました。
対照的に、トラックの移動データをすべて集計し、それを提供してくれる事業会社(UCCの関連企業)もありました。その場合でも、空荷と重荷では燃費に大きな違いが出ますから、積載量を考慮して算出する必要があります。各事業会社によってデータ収集可否の状況が異なるため、まずは各社間のギャップを埋めるところからスタートし、収集プロセスの改善と整備に努めています。
── そういった努力を重ねた結果として、全体としてのGHG排出量が把握できたわけですね。それを踏まえて、現状ではどの部分の削減ポテンシャルが大きいとお考えでしょうか。
UCC中村:実は川上部分の農園セクターで排出されるGHGが圧倒的に多いことが判明しました。肥料や農耕機といった、農作業で使うものから発生するGHGが大きいということがわかってきています。そこで、世界各地の農園の方々と一緒になって、農作業中に発生するGHG排出量を減らすための施策を進めていて、それが「Scope 3」のカーボンニュートラルに向けての取り組みになります。
「Scope 3」削減の取り組みに力を入れるため、私もブラジルの農園に足を運んで生産現場での現状を視察してきました。現地には農地指導してくださる農業技師方もおり、彼らの指導のもと生産性に影響しない範囲での肥料の減らし方などを農家にお伝えしています。結果的に、農家からすればコスト削減に繋がり、弊社から見ればGHG排出量が減るという「Win-Win」の状況が生まれています。取り組みはまだ始まったばかりですが、2040年のカーボンニュートラル達成に向けて着実に取り組んでいくつもりです。
コーヒー農園にて指導を受ける農家の方々。
UCCグループの脱炭素の切り札「水素焙煎」
── 把握した削減ポテンシャルを踏まえて、どのような削減戦略を検討したのでしょうか。
UCC中村:弊社の脱炭素戦略では、「Scope 1」「Scope 2」つまり工場もしくはオフィスで削減することに加えて、「Scope 3」のバリューチェーン全体で削減するというところまで踏み込んでいます。一方で、これまでにお話ししてきた通り、グローバルに展開していることに加えて、コーヒー豆のほとんどは自社農園で生産しているのではなく、むしろ世界中の農家の方々に生産をお願いしているものばかりなので、農家の方々とGHG排出量の削減に向けてコミュニケーションしていかないといけないことも含め、「Scope 3」を減らしていくことはとても難しいんですね。ただ「Scope 1」「Scope 2」に関しては、果敢にチャレンジして投資をすれば、ダイレクトにGHG排出量が削減できる部分になりますので、まずこの「Scope 1」「Scope 2」の削減対策から取り組んでいます。
「Scope 2」に関して言うと、喫緊でできるのは再エネへの切り替えですから、例えば兵庫工場の屋根に太陽光パネルを設置して、工場全体の6%程度は太陽光発電で賄えるように対策しています。
ただ、「Scope 1」の部分は脱炭素化が非常に難しいというのが実情です。なぜなら、現時点では電気エネルギーだけでコーヒー豆を焙煎することはできないからです。これまでは天然ガスやプロパンガスといった化石燃料を使用していましたが、それを続けている限りはGHG排出量を減らすことは永久にできません。そこで弊社では、焙煎に必要となる熱源を従来の化石燃料から水素を燃料とする方法へ代替する「水素焙煎」の取り組みに注力してきました。おかげさまで昨年、水素を熱源とするコーヒー焙煎に関する特許出願を果たし、2025年に弊社富士工場に大型の水素焙煎機を導入することが決まっています。
── 水素焙煎機の開発にあたっては、技術的な難易度が高かったのではないかと推察しています。まず機械としての機能を確立することが難しいでしょうし、コーヒーの品質を確保するという観点からも、従来と同等以上の水準を達成することが難しかったのではないでしょうか。
UCC上島珈琲株式会社 SCM本部 生産部 藤原朋宏(以下、UCC藤原):おっしゃるとおりです。まず技術的な課題についてですが、ただ単に天然ガスを水素に置き換えれば済むという話ではなく、水素対応の焙煎機を新たに開発する必要に迫られました。天然ガスと異なり、分子の細かい水素は漏れやすかったり、漏れても気づきにくかったりといった課題がありましたから、水素ならではの性質に関する知識の習得からスタートする必要がありました。水素の学習と同時にバーナーメーカーなどの水素の取り扱いに知見のある専門家との協議や連携を進めることで、技術的な課題を解決していくプロセスを進めていきました。
次にコーヒーのクオリティに関してですが、我々はコーヒーの品質・官能評価の技術に強みを持っています。神戸のR&Dセンターではコーヒーに関するあらゆる分析が可能ですので、水素で焙煎したコーヒーがどのような味わいになるか焙煎と試飲、機器分析を繰り返すことで検証していきました。その過程で、天然ガスの炎よりも水素の炎の方が焙煎コントロールの幅が広く、水素でしか出せない味があることを見出しました。コーヒーの焙煎は繊細な火力の調整が必要で、同じ火力で焼き続けるだけでなく、初めは強火で最後は弱火といった繊細なコントロールが必要です。そのノウハウを弊社が持っていたことが、水素焙煎の実用化において重要な要素でした。
UCCグループが独自開発した水素を熱源とする大型焙煎機の仕組み。
水素で焙煎した際、燃料由来の二酸化炭素排出がゼロに。
── 脱炭素ということを考えた時に、「熱」の知識の有無はやはり重要になってくるのでしょうか?
UCC藤原:そう思います。水素の取り扱い経験のなかった弊社はこれまで異なる熱源での焙煎プロセス設計を行った経験が少なく、天然ガスによる熱風供給では、温度や風量コントロールを中心に焙煎を組み立ててきました。水素を扱う場合には、どのような物質を熱風に使用すれば天然ガスと同様の性質が得られるのか、水分量が問題ないか、熱風の総量バランスが崩れないかなど、燃焼と熱風、熱量に関する深い理解が求められました。弊社はこれらの知見が不足していたため、協力会社からの助言や有識者からの情報収集を行いながら、我々自身が水素を科学的に理解することで、実践につなげられるように心がけました。
── 水素を使うとなると、調達や貯蔵も課題になってくると思います。
UCC藤原:そうですね。弊社の富士工場に導入する大型焙煎機では、山梨県から調達したグリーン水素を利用します。水素ガスを詰めた状態の容器をトレーラーで運搬して工場に設置し、そのトレーラーが山梨と富士工場を往復する形を計画しています。将来的に水素焙煎コーヒーの需要や水素の市場が拡大した際には、貯蔵キャパシティの課題が想定されますので、水素社会の広がりと連動しながら、パイプラインや液化水素の導入も視野に入れて検討していく予定です。
── 水素焙煎機によるGHG削減効果は、例えば焙煎機一台あたりどの程度になる、といったデータは明らかになっているのでしょうか。
UCC藤原:一般的な見積もりに基づくと、工業用レベルの大型水素焙煎機を1機導入することで、最大約1,400tのGHG排出量の削減が見込まれています。水素焙煎機がフル稼働した場合のポテンシャルに期待しています。
UCC上島珈琲株式会社 SCM本部 生産部 藤原朋宏さん
── 最後になりますが、今回の水素焙煎機の導入に対する反響についてお聞かせいただけますでしょうか?
UCC中村:特にBtoBのお客様からの反応が大きく、弊社の積極的なアプローチを高く評価していただいていますね。「どういうコーヒーになるのか」「価格はいくらになるか教えてほしい」というお声をたくさんいただいています。環境NGOからも「UCCグループが水素焙煎に取り組んでいるというニュースを見た」と言及していただく機会が増え、弊社の挑戦を好意的に受け止めていただいているという印象を持っています。
一方のBtoCのお客様においては、これから多くの生活者の方々に知っていただく必要があると実感しています。そもそもコーヒーを愛飲される皆さんは、「コーヒーがGHGを排出している」ということを意識せずにコーヒーを愉しんでいらっしゃいます。そこが一つの課題でして、お客様にご理解いただくために、水素焙煎がどのようなものであり、なぜ水素を用いるべきなのかといった情報を積極的にわかりやすく伝えていきたいと思います。
インタビュー:田中誠司
執筆:陶木友治
写真:高見知香